立ったまま大騒ぎした思い出

立ったまま大騒ぎ

ある日のことです。父は、送迎の車の運転手さんをかつての仕事仲間だと勘違いしました。「商売やめて運転手になつていたんだ。〈社長、元気かい〉なんて声かけられちまったよ。しばらくぶりで会ったけど、やつは元気だった」いつからか父はデイケアを仕事場だと勘違いするようになったのです。「いくらにもならないけど、行ってくるか」という父に、「そうね、年寄りだからしかたないよ。それでもタバコ銭ぐらいにはなるからさあ」と私は相槌を打ちます。毎回持参する手帳はデイケア先で用意してくれたもので、おもにその日の父の健康状態をチェックし記載します。

 

 

体重、脈拍、血圧などのほかに、食事のメニュー、ときには父の行動が記されてあります。父はその手帳を預金通帳だと勘違いしているようです。どうやら働いた分の金額がそこに明記されていると思い込んでいるようです。血圧値の数字を通帳の金額だとでも思ってしまうのでしょう。「いくらたまっているか勘定してくれないか」「はいはい、わあ、すごい、たくさんたまってる。明日、銀行に行っておろしてこないとね」「そうか、そんなにたまつているのか、どれ貸してみろ」こんな会話が父と私の間で交わされます。いいかげんな対応でも父に気づかれることはまずありません。ところがある日、デイケアから戻ってきた父はその日に限って手帳のことには知らんぷりです。

 

 

カーディガンやズボンのポケットをいつまでもまさぐっています。どうやら財布を探しているようです。デイケアに出かけるときは、原則的に財布を持たせません。今日も財布を持たずに父はデイケアに出かけました。それなのに、デイケアから戻ってきたら財布が見つからないといって、玄関のたたきに立ったまま大騒ぎです。そのうち目が釣り上がってきました。ついには例の手帳を取り出し、庭にほうり投げました。「あ―あっ、あんなとこ行ってもちっとも金にならない。それどころか財布をやられちゃったよ。もう行かないぞ、あんなとこ!」「お父さん、お金がたまってるじゃない、ほらこんなに」「どれ、見せてみろ」父がほうり投げた手帳を拾ってとりなします。父は手帳をしばらく眺めています。そのうち、「おかしいなあ、減ってるぞ。ばかばかしいやい」と、ご機嫌はますます斜めになってしまいました。なにを根拠に減っているなんていうのでしょうか。

 

 

私たちにはわかりません。しかたがないので家に置いていった財布を差し出し、父の機嫌をとります。財布を見た父はにっこりし、機嫌を直しました夫γこのように、デイケアに送り出すときも迎えるときも、私たちは父の動向に一喜一憂してしまいます。

 

 

オヤジは外で立ちションをしたがるそうです。コ日は外でしていたので、そのときの記憶があるのじゃないかしら」と母は解説しますが、はたしてどうでしょうか。トイレの場所がわからないのでしかたなく外でしてしまうとも考えられます。