買い物のメモを忘れる

買い物のメモを忘れる父

…私もそうでしたが、身内はどうしても自分の都合がよいように解釈したがるもので、老化なのか痴呆なのかの判断はなかなかつきません。したがって、おかしいなと思ったらできるだけ早く痴呆の専門医の診断を受けるようにしたいものです。とはいえ、私の田舎のように、痴呆の専門医がいない地域は少なくないので、実際は専門医の診断を受けるのはどうしても遅くなります。

 

 

義父は前回の徘徊時に比べ、能力や理解力は確実にレベルダウンしていたようです。雨の中を傘も差さないで徘徊し、千住の家にようやくたどり着いた義父、そのうえ駆けつけた自分たちの姿さえはっきりとは認識できない様子を目の当たりにして、妻たち二人の娘は千住の家で義父を介護しようと決意したようです。

 

多少の差こそあれ、痴呆症の進行は一定の経過をたどります。しかし、家族ができるだけ早く病気を受け入れてじょうずな対応をすれば、進行はゆるやかだったはずです。そして混乱の時期をもっと短くすることができたでしょう。対応の遅れは、患者の不安感を増長させてしまいます。そのうえ、混乱する患者は対応に苦慮する介護者と摩擦をくり返し関係を険悪にしてしまいます。そのことで、介護を困難にさせてしまうのでしょう。義父の場合を見てみると、五年も前から義父の異変を感じていたと義姉はいいます。行動的だった義父が急にふさぎ込むようになったというのです。

 

はじめのころはときおり、すれちがった人の名前が出てこなかったり、玄関先に人が訪ねてきていると勘違いして出向いてしまったりする程度だったそうです。しかも義母が言い聞かせれば、義父は素直に応じ、家族が困るほどの混乱ぶりではなかったといいます。曜日や薬の服用がわからなくなったのは、元気をなくし始めて四年くらいたってからのことです。義母が持たせた買い物のメモをすっかり忘れてしまうようになったのは二年ほど前からでした。義父のおかしな行動が目立つようになったのは、それから半年ぐらいたったあとのことでした。絵皿の柄をつついたり、皿に盛られた料理にかかっているラップフィルムをはがさぬまま、箸でつついたりしていたそうです。スプーンを逆さまに持って、すくおうとする義父の行動に、だれもが異常を感じ始めました。しかし、義父の異常さを痴呆と結びつけて考えられるようになったのは、義父がふさぎ込むようになってからだいぶ年月がたつていました。るとき夫といっしょに帰省したときのことです。かつて見たこともないような義父の無邪気な笑顔に、私は痴呆症の疑いを持ちました。「単なる好好爺の顔ではない」と私は夫に伝えましたが、夫は私の言葉に耳を貸そうとはしなかったのです